*この記事目的:大学入試問題を要約しながら読んで行くことによって、難解な文章で「要は何が言いたいか」その論理構成を解説しよう、ついでに背景知識や教養を深めよう。
分かりやすさを優先のため、趣旨を変えない程度に言い換えます。赤本青本は持ってると思いますが、過去問にない利点は以下3点。
- 極力平易な言葉を使う
- 要約だけで文章の流れが分かる
- トピックの背景知識や関連知識が身に着く
特に「過去問の和訳は読んだけど、何いってんのかよく分かんね」という受験生にオススメです。
今回は慶應義塾大学文学部2018年の英語を見ていきましょう。
大人になるというの嘘
今回の出典はCody Delistratyさんの「the coming of age con」、なんと元ネタとなった英文がネットで全文が読めます!
タイトルの「the coming of age con」は「成人の嘘」「大人になるというペテン」「成長の詐欺」とかそんな感じの意味です。入試問題にも書かれているので、察しが良い受験生はここから筆者の立場を読み取ることができます。
サブタイトルが「How can you go about finding ‘who you really are’ if the whole idea of the one true self is a big fabrication?」で、ざっくりの意味としては「たった一つの自分という考えがでっち上げだったら、どうやって本当の自分を見つけられるのか?(いやできない)」といった感じです。
ここからも筆者の立場や主張を読み解くことができます。
全体として、若者の成長過程における「自己の獲得」について書かれた文章です。いきなり「ライ麦畑でつかまえて」(サリンジャー)の最終シーン引用から始まるなど、文学的要素多めの、いかにも文学部らしい問題文でした。
やわめな要約
パラ1:主人公ホールデンは、回転木馬をみながら突如として幸福を感じた。
パラ2:主人公ホールデンは生きる意味を見出し、社会に溶け込むことができるようになった。
パラ3:教養小説とは、何かしらの課題を抱えた主人公の成長を描く話だ。
パラ4:ヒーローの最後の戦いは、主人公が大事なことを学んだ後にやってくる。
パラ5:たった一つの自分があると思われてるけど、自分は変わるのもで一つではない。
パラ6:心理学では、人格は幼少期に形成され変わらないという考えと、生涯に渡り変化し続けるという考えがある。
パラ7:最新の調査研究は↑この2つの考え方を合わせたものだ。
パラ8:それなのになぜ、ただ一つの自己という神話が根強いのだろうか?
パラ9:成長して社会に溶け込むという考えは気持ちがいいから。
パラ10:だから、自分の興味関心を見つめるより、社会的に価値のある「自己」を形成しがち。
パラ11:でも。唯一の自己を発見するということは不自然で、人は変わり続けると考え方が良い。ドイツと英語の物語は成長譚で、すっきりした気持ちよく終わる。
パラ12:一方フランスは、すっきり終わらないし、それでいいと思われてる。
パラ13:フランスのようなすっきりしない物語はアメリカでも徐々に出現してるつつある。
パラ14:成長譚の主人公は白人男性が多く、マイノリティーはあんまりいない。ここから社会へ溶け込みことを若者の最優先事項とすることはバカらしいのが分かる。
パラ15:大人になるとは、成長するというより、長く生きただけという時間の問題。
パラ16:人格ってのは複数あって、自分は時間と共に変わると思った方が、人生楽だよ。
まじめな要約
パラ1;「ライ麦畑でつかまえて」の主人公は、妹が回転木馬に乗る様子をみながら、突如として幸福感を感じた。
パラ2:ホールデンは生きる意味を見出し、社会に溶け込むことができるようになった。それが彼の成長の証として描かれる。(注:彼が見出した意味は「生きることとは、なんらかの形で楽観主義と無邪気さを保つこと、どうしようもない世界でも努力し続けること)
パラ3:教養小説とは概ね、自己統合と社会への統合という二重の課題を抱えた主人公の成長を描き、最終的に生産的な社会的地位を得る話である。
パラ4:スーパーヒーロー物語の最後の戦いは、主人公が社会的教訓を学んだ後にのみ訪れる。その学びは、自制心を身につけたいという願い、あるいは一つの行動や究極的な理解によって成長したいという願いから生じる。
パラ5:心の中に揺るぎない「自己」があるとされているが、実際の「自己」は刻々と変化するものである。
パラ6:近代心理学では人格に対して2つの基本姿勢がある。一方は、人格は幼少期に形成され固定されると主張し、もう一方は、人格は本来不安定なものであり、見つけることも理解することもできないと主張する。
パラ7:最新の調査研究はこの2つの考え方を合わせたものである。つまり、個人は与えられた自己ではなく、社会的状況に関連して徐々に移り変わる多数の自己で構成されると考えられている。
パラ8:それなのになぜ、ただ一つの自己という神話が根強いのだろうか?
パラ9:それは、成長して何者かになり、社会に溶け込むという考え方は私達たちの慰めになるからである。そのため、歴史を持たないアメリカでは成長譚が特に受け入れられている。
パラ10:何かしらの社会資本を獲得するために自己を作り上げるという点で、アメリカの自己創造神話は資本主義的である。
パラ11:唯一の自己を発見するということは不自然なもので、人は絶え間なく変化すると考えることは人生や自己に対する理解を根本的に転換させる。また、ドイツとイギリスの物語は、すっきりしたエンディングとカタルシスをもたらす。
パラ12:一方フランスでは、問題解決は不要で、カタルシスは無意味だとみなされる。
パラ13:フランスのような物語の形式は米国でも徐々にではあるが出現しつつある。(例:6歳の僕が大人になるまで)そこにあるのは時間の経過と経験の積み重ねだけで、意味は後から付け加えられたり、そのままにされたりする。
パラ14:典型的な成長譚の主人公は白人男性である。人種的、静的マイノリティーにとって社会とは自分を排除する存在であり、自己のアイデンティティの確立と社会への統合が相容れないものである。よって、社会への統合を若者の最優先事項とすることは愚かなのである。
パラ15:大人になるとは、成長することではなく、ただそうなるほど長く生きただけという時間の問題なのである。
パラ16:ただ一つの「自己」など存在しないという成長への理解は、信じられないほどの解放をもたらす可能性がある。
各パラグラフの構成
対立はわかりやすく「一つの自己」vs「複数の自己」の2軸です。
1~4:具体例を出しながら「一つの自己」派の説明
5~7:筆者の考えを主張して、そのサポートとなる根拠を提示している。
8~10:「一つの自己」派が根強い理由を説明しながら、その欠点を指摘している。
11~13:改めて筆者の考えを主張しつつ、「複数の自己」派であるフランスの物語が成長譚好きなアメリカでも広がっていることを説明している。
14:成長譚はマイノリティーには当てはまらないことを述べつつ、自説の補強している。
15~16:自説のまとめ
自分は変わるのか変わらないのか?
確固たる自己の確立、アイデンティティの確立は大事だと言われて僕らは成長する。しかし、そう言われるのはそれが難しいからだ。みんなができるならわざわざそんなこと言われない。
「明日絶対やる」と思っていた課題さえ翌日にはやらないし、臥薪嘗胆という言葉からもその歴史がうかがえる。ことほど左様に人間の決意や決心は驚くほど脆いのだ。
こういっても信じられない人向けに一つオススメの動画がある。それダン・ギルバートの「未来の自分に対する心理」だ。
10代のタトゥー、離婚となる結婚など、なぜ私たちは未来の自分が後悔する決断をするのか?という内容です。
人間は「今」の自分から変化しないと思っているが生涯に渡り変わり続ける、が結論として結ばれます。
これを読んでいる人は少なくとも16歳以上だと仮定して、10年前の自分と今の自分を考えて下さい。確実に変わっていると思います。
その変化はこれからの10年にも起こります。18歳の自分が8歳の自分と大きく異なったように、28歳の自分と18歳の自分は異なります。今の自分が最終人格だと思わず、未来の自分から見て、悔いのない決断をして下さい。
そして、今後の人生においても「自分は変化し続ける」と考えて生きた方がよく、あまり未来の自分を信じ過ぎないようにするのをオススメします。
今回は以上です。
作品紹介
ライ麦畑でつかまえて
主人公が世の中や大人の欺瞞にただただ不満を漏らす物語。自分には世の中を変えられる力がない10代の若者あるある一つ。それ故に絶大な人気を博した。
恥ずかしながら私も通った道だ。
その筆者であるサリンジャーの映画はこちら。2019年の新しく、こちらを見るとより内容が理解できます。
6才のボクが、大人になるまで。
登場人物の変化を描くため、撮影に12年かけたという狂気に満ちた映画。
こういうアイデアというか、お金以外のアイデアをかける作品は嫌いじゃない。その年数の重みもあり、定期的に見返したくなる映画